月影が深く降りる夜、犬と狼の声は同じ溶け方で消えていく。遠くの沼辺、波紋だけが岸の草むらに滴を乗せる。ペルセポネが冥府の入口の薄暗い野を歩いたとき、道を塞いだのは名も知れぬ茎の群れだった。ローマの古き道にも、旅人の杖が倒れ掛かる背の高い草、それは北の国では荒れ地の境に生え、風に揺れて靄のような花をつける。スコットランドの荒野、霧に覆われた丘の上、羊飼いはその花を踏みしめながら静かに羊を追う。フランスのワイン蔵、石壁の間に乾いた茎がつたう。彼方の島の伝説、竜を退けた勇者の足元には棘の生い茂る草が残り、夜露と共に柔らかな綿毛をまとった。
この草は、かつて薬師の棚にも置かれていた。古い修道院の小さなガラス瓶に、乾いた葉や棘、ほのかな色を宿した花びらが静かに積もる。中世の織工は、その花から採れる淡い絹糸を緯糸に選び、寒い季節の衣服に混ぜていた。異国の市では、旅人が帽子にその棘の花をさし、道標の代わりにすることもあった。夏の終わり、雲が低く垂れこめる日、古い塔の窓辺で、子どもがこの花の冠を編み、遠い森の名をそっと呼ぶ。吸い込む空気がわずかに冷たく、手のひらに触れる柔らかな感触が夜のしじまを思い出させる。
曇り空の午後、窓際でお気に入りのカップに熱い飲み物を注ぐ。古道具屋で見つけたガラス瓶に、庭で摘んだ野の花を一輪差してみる。読みかけの本を膝に置き、少しだけ目を閉じてみる。家の鍵につけた小さな飾りを指でなぞる。どれも、道に迷いながらも足元の静かな草むらに目を向けるための、小さな動作。
今日のラッキーカラーは、シスルです。
Lucky Color: Thistle — #D8BFD8霧の夜明け、見失った名の代わりにそっと手に取ってみてください。