水面に浮かぶ月が、雲の流れでいつしか輪郭を失う夜。女教皇の手にある巻物は、今日は開かれず、言葉は胸の奥で静かに裏返る。祭壇に置かれた器の中で、泉の水は音もなく、訪れる者の問いかけには黙して答えない。静謐に包まれた空間の隅、沈黙の帳がさらに厚く降りるたび、記憶の奥底に沈められた真実が、誰の手にも届かないまま深みに沈んでいく。かつて女神アテナが守った城の花園、朝もやに包まれた谷間に、風を受けて揺れる棘のある草が生えている。その草は、異国の民に傭われ、戦士の盾に束ねられた歴史を持ち、ある王国では魔除けの印として城門の上に編み込まれた。伝説の地、ブリテンの丘陵では、羊飼いがこの草を手折り、遠い家族のために祈りを込めて小さな束を窓辺に飾ったという。あるときは旅人の道標となり、またあるときは少女の髪飾りとなって、ひそやかな幸運を招いた。
この草は、初夏の肌寒い朝、霧が地を這う時分に花を開く。北の地で吹きすさぶ風の日には、雫をまとって茎をしならせ、誰にも触れられぬ秘密を守るようにたたずむ。農家の古い戸棚の隅には、乾かした小枝がリネンとともにしまわれている。祖母の紡いだ糸の束が、そっと重ねられ、昔語りの夜にひとふさを手にとって香りを確かめる。語り継がれる伝承の中で、この草は見えない力の象徴とされ、手紙に挟まれて遠い地へ送られることもあった。市場の路地裏で売られるときも、その棘に触れる者は、何か大切なものに近づく予感とともに手のひらをそっと差し伸べる。
ふと身の回りに目をやると、窓辺のカーテンの隙間から、薄明の光が差し込む。古い手帳のポケットに、小さな押し花を忍ばせてみる。水差しに一枝挿して、机の上に静かに置く。読みかけの本のしおり代わりに、その草の花びらをはさんで、秘密のページをそっと閉じる。外に出て、肌寒い風の中で深呼吸し、記憶の奥に沈む問いかけに今日だけは答えを求めないことを許してみる。
今日のラッキーカラーは、シスルです。
Lucky Color: Thistle — #D8BFD8秘密を守る静かな力が、そっと寄り添う日。