Colors for the Fool

今日の色を、牌より引く

牌を引く / 尼院長

尼院長の夜青。中央の鏡に色が映る絵

夜青

正位 · #191970

閾にて二つの柱は動かず立ち、静けき通路を囲み、目を影の中へ引き候。そのあひだに帳はかかり、厚く刺繍されて、庭の秘密を押し留め候。尼院長は膝の上に閉ぢたる巻物を抱き、文は、なほ相応はぬ目より隠れ候。水は足元に溜まり、あまりに静かにて、空と石との最も淡き形のみを返し候。未来も過去も映さず、この一刻の静けさのみを映し候。尼院長は守り手にて、かつ証人に候。なほ言の葉にならざる知を、預かり守り候。

開けたる海の夜には、天が低く圧し、天鵝絨のやうなる広さが限りなく続き、遠き灯台の光か、知られぬ岸へ滑る黙せる帆かにて、わずかに切れ候。遅れて隠れ浦より戻る漁夫は、この刻の感触を知り候。空気は濃く、風の後の静けさが御座候。寄せ波の再び動く前、世は静けさの中に休み候。伝へによれば、かかる天気にて水夫は黙して縄の結節を数へ、星にも羅針にもよらず、記憶と直覚とにて航り候き。

深き刻、古き文庫の僧は、鯨油の灯の揺らぎの下にて巻物を繰り候。重く簡素なる衣は夜の秘密を吸ひ、音もなく、錠の櫃と写本との並ぶ石の廊下を行き候。頁を繰る遅き静けさは広間に響き、耐心と敬ひとの式に御座候。時を経て、頁は暴風雨と墨との香りを吸ひ、守られて一度も語られざりし秘密の記憶と成り候。

書く者と学ぶ者とは、つねにかかる静けさに慰めを求め候き。維吉尼亜烏爾芙は黎明の前に起き、街の眠るあひだに筆を紙へ押し候き。机は窓に向き、空は硝子に低く圧し、隠し持つものにて重く候き。同じ刻、時計師は台にかがみ、外の世は影に溶け、手の中の仕掛けの刻む音のみが御座候。その静けさにて、世は真実をゆっくりと差し出し候。

北の森の縁にて、藍を摘む者は足を慎み、籠の内には、秘密のために紡ぎし布を敷き候。月の欠けゆくときに集めたる葉は、時の来るまで光より隠さねばならず候。近くには、夜に開く茉莉の花が開き、多くの目には見えず、香りのみが漂ひ候。世の最も静かにて、最も心を用ゐるときにのみ、自らを現すものあり、といふ知らせに御座候。

書斎に引きたる帳は、襞の中に物語を押し、幾十年の囁く打明けと、灯の下の読書とを保ち、つねに騒音を押し留めて沈黙を定まらせ候。薬舗の棚の重き硝子瓶も、封をされ、丁寧なる手の札を付けられ、必要の刻を待ち、中なるものは秘密の中に保たれ候。古き街にて、塔は黙せる港を見張り、丸屋根と尖塔とは早朝の霧に包まれ候。鐘は鳴らされず、刻のみが守られ候。

今日、人は黎明の前に起きて世の静けさを聴くことも、厚く刺繍したる帳を窓に引き、黙して坐し、沈黙を深く定まらせることも候。読み古したる書を下ろし、一頁のみを読み、丁寧に閉ぢることも候。あるいは文を封じ、未来の時のため安全に仕舞ふことも候。いづれの行ひも、耐心へ、そして秘密を守る力へ、知ることと知らざることとの閾を敬ふ身振りに御座候。

今日の色は夜青に御座候。
Lucky Color: MidnightBlue — #191970黙す時の知恵は、待つことの中に御座候。

尼院長へ戻る