一人が、片足を澄みたる水溜りの縁に触れ、もう一方の足を、湿りたる草へ静かに押し候。手には、使ひにて銀の如くなりたる二つの杯が御座候。水を一つの器より次の器へ導き候。狭き道は、朝に半ば照らされ、水溜りを離れ、葦の中を巡り、尾根の空と会ふ遠き高みの方へ行き候。上の空気は優しく、静かに動き、暖かくも冷たくも御座なく、塩と露との香を運び候。水の面は、遅き注ぎのたびに撓み候。こぼすにも蓄ふるにも御座なく、常に均衡へ戻り候。
数世紀前、利古里亜の岸の町にて、商人は貴き石を艙に満たして帆を上げ候き。ある石は河床より洗ひ出され、山を越えてのち、安き港へ着き候き。その中にて、火にては御座なく、涼しさ、澄み、海の記憶を捕ふるさまにて貴ばるる一種が御座候き。静かなる仕事場の、宝石師の台は、かかる石を載せ候。淡く滑らかにて、約束のための指輪に嵌むるか、喉の窪みに休む鎖に連ぬるかに御座候。旅人はこれを身に着け、潮のうねりと心のうねりとを、ともに鎮むると言はれ候き。
古き天候の伝へに、空と波とがほとんど見分けられざる日が御座候。漁師はこれを、硝子の朝と呼び候。かかる日には、霧は低く垂れ、世界は夜の明くると、正午の満つる光とのあひだに、吊られたるやうに感じられ候。網は静けさの中へ投げられ、水は尽きなく見え、境にも招きにも御座候。かかる時、川の口にて塩と淡水との混ざることは、ほとんど感じられず候。されど、何が生き、何が栄ゆるかを、形づくり候。
柔らかき葉を引きて這ふ香草が御座候。優しき苦みのために、台所に置かれ候。流しの傍にて最もよく育ち、通りがかりに水を与へられ、茎は優しき海の記憶を保ち候。料理をする人は、煮込と煮汁とに味を付け、その味を、決して圧さず、鉢に調和を運ぶやうに配合し候。庭にて、この草は蜂を招き候。小さき花は繊細にて、わずかに空気を撫で、昨夜の雨の滴を保ち候。
ある朝、婚礼のため、静かなる儀式の時のために、櫃にしまひたる絹の切れが取り出され候。手首に結ばるか、手巾として畳まるるかに御座候。涼しき触は慰めにて、定まることは習ひと注意とのことに候と、思ひ出させ候。年長き人の手にて、小さき石が旅の前に懐へ滑り込まされ候。安き渡海と、澄みたる思ひとのための、内々の儀式に御座候。ほかのところにて、窓は海風へ開かれ、家に息をさせ候。ある人は水の傍の道を歩き、空気の最も柔らかく感ずるところにて立ち止まり、すべてのものの、微かなる配合に耳を澄まし候。
今日、貴殿は湯を張り、一握りの海の塩をかき混ぜ、淡水と塩水との交はりを映し候。香草の茶を淹れ、葉の渦巻きて静けさへ落ちつくを見候。涼しく流るる水にて手を濯ぎ、泉より流れまでの旅を思ひ候。岸よりの形見が御座候ならば、しばし握り、遠くより来て貴殿とともに休むものの、重さと軽さとを感じ候。
今日の色は浅海緑に御座候。
Lucky Color: Aquamarine — #7FFFD4今日は流れの静かなる出会ひを運び、均衡は行き先には御座なく、身振りに御座候。