牌の世にて、人は動きの半ばに止められ、足は上にて絡まり、手は脇に緩く候。片足にて吊られたる休らひは、新しき見方を招くべきに候へども拒まれ候。洞察に代はりて、体は綱に力み、続けむとて引き攣り候。牌の外にて、この拒みは雨の前の休らひに響き候。空がためらはひ、雲は低く重く押され、嵐の前にあまりに長く荷を抱くときに候。十一月の遅く、暁の市の感じにて、世は夜の沈黙と一日の要求のあひだに漂ひ、通りはあらゆる縁を柔らかくする霧の膜の下に休み候。
かかる朝、石垣は幾世紀の待ちを記憶し候。石工は重みを抱く術を理解し、一つの塊を別の塊の上に積み候き。その仕事は、冷き炉の上の楣と、煙突の後ろの庇はれし隅とに残り、転じ候へども決して割り開かざる季節を通して立ち候。教会の塔、鉄路の橋、道の縁の古き里程標は、すべてこの忍耐を分ち候。表面は粗くされ候へども擦り減らされず、動きが不可能または賢明ならざるときに確として保ち候。
冬の最初の真の停止にて、地衣は粘板の屋根と乾き石の柵の上に静かに広がり候。日光の弱るところに栄え、世の遅き場所に執拗にをり候。北方の森にて、山毛欅の幹と橄欖の樹皮は似たる被ひを生じ、湿りの滞り、空気の動かず下がるところに繁り候。海さへ、風なきとき、遠き海豹の背にまだらの静止せる水の一枚へ落ち着き、最も微かなる波紋のみを供へ候。渡し船の旅人は欄干に立ち、静けさを見つめ、勢ひも気散じも見出し得ず候。
家の生もまた、これらの吊されたる状態を含み候。茶の冷えし後に竈へ残されし鉄の藥罐、子供の頃の小川より集められて棚に置かれし川石の鉢、日没に椅子へ投げられし毛の肩掛に候。それぞれは、時の中に休らひたるもののしるしにて、棄てられもせず、動きにも置かれず候。これらの器物には一種の待ちがあり、留まることへの優しき主張にて、先へ駆け出す衝き、あるいはありしものを消す衝きに抗ひ候。
商人はかつて川床より引き上げし卑しき敷石を貴び、馬車の輪の下のその確かさを好み候き。印刷所の奥の部屋にて、古き鉛の活字は盆に待ち、物語を綴る用意にて、その重みは急がむとする手への緩衝に候。仕立屋は毎年同じ外套を繕ひ、肘の磨耗を、雨に浸りし舗道の鼠の色の紐にて綴じ、中断を通して耐へるものを直し候。
強ひられたる静けさを受け入れる瞬間の来るとき、人は厨の窓を縁取る粘板の瓦を磨くことに慰めを見出し、あるいは亜麻にて綴ぢたる使い古しの手帳の頁を、一字ずつ繰り候。食事の後に滑らかなる臼と杵を洗ふ行ひ、あるいは雲に低く押されし空の下を歩むために外へ出づることは、あり得ることより、あることの傍らへ心を休ませ候。静かにて念入りなる小さき行ひは、休らひを歓迎し、それが語るに任せ候。
今日の色は鼠に御座候。
Lucky Color: Gray — #808080休らひは空には御座なく忍耐の形にて、世の待つところに立ちて聞き候。