二人の姿のあひだに、沈黙の石が立ち候。川床と同じく古く、過ぎてまた退く年々の水にて滑らかに擦られ、層を双方の見るままに残し候。されども名は附けられず候。二人は触れずして立ち、日を忘れたる空の下に候。雨が降るか晴れるかをなほ決めざる朝の静けさに包まれ候。かつて共に辿りし道は、家の列の後ろの小路に候。暁の後さへ霧の残るところ、空気は濡れたる舗と終へられざる会話の香にて厚きところに候。言葉は胸に始まり、唇にて褪せ、すべてを覆ふ静けさに呑まれ候。低く垂るる雲、曲らざる鳩の列、昨夜の霧雨の記憶を集むる屋根に候。
古き町にて、橋はなほ夏の映りに占められざる運河の上に拱を描き候。その面は、足を止め候へども留まらざりし旅の人の靴にて印され候。ここにて、恋人はかつて、麺麭屋の戸の音を立てて開く時に会ひ、黒麦の麺麭の香は冷気と共に漂ひ候き。今、二人は欄干の傍らに立ち、手は羊毛の外套の懐に埋め、顔も声も戻さざる水を見候。運河は鋳鉄の鈍き光、欄干に鎖されたる忘れられたる自転車の鋼、流れを篩ふ川石の鈍き輝きのみを抱き候。世界は外へ伸び、定かならず候。決して到らざる仕草を待つが如くに候。
塞勒涅と恩底弥翁の神話にて、夜は毛布の如く落ち、やさしく厚く、地平を近くに引き候。されども慕ひが選択にて迎へられざるとき、夜は破れず候。野の縁の低く伏す霧に候。木と生垣の輪郭を和らげ、何も十分には定かならず候。恋人は荒野の朝霧を動く影と成り候。羊は風に寄り、すべてが音を潜め候。羊毛、石垣、羊飼の笛の遠き呼びに候。靴屋の前掛の見慣れたる重み、鉄床の涼しき面、石板の屋根に当たる雨の静けさに、慰めが御座候。仕事と業の世界、紡ぐこと、繕ふこと、形作ることは、心の確かならざるあひだに、日課の確かさを供へ候。
内の卓の上、炉の傍らに、古き白鑞の杯が坐り候。柄は年の用ひにて曲がり、雲の決して上がらざるところに育ちし茶の浸したる葉を抱き候。朝の麺麭は裂かれ候へども食はれず、小刀の傍らに休み候。刃は、擦りて薄くなりたるところのみに光り候。火は灰にて抑えられ、猫は折られたる羊毛の毛布の上に丸くなり、その息の静けさは時計のやさしき刻みと混ざり候。着実にして執念深く、されども決して急がず候。すべてが待ち候。すべてが、言葉の前の休止、仕草と返事のあひだの場に候。
今日、貴殿は雨の後の小路を歩き、濡れたる石の上の一歩ごとに続く静けさに耳を澄まし候へ。羊毛の襟巻に身を包み、あるいは窓の外の空の遅き巡りの下にて書と共に休み候へ。強き茶や珈琲にて温まりし杯を握り、その面が貴殿の手に合ふを感じ候へ。川岸よりの小石を外套の懐に運び、沈黙と居ることの小さき思ひ出となすもよく候。
今日の色は鼠に御座候。
Lucky Color: Gray — #808080川の休止と、新しき朝の静けさと、石の静かなる辛抱が御座候。