夜明けの直前の厚き時刻、世界は根と静かな水との絡みに御座候。逆位の月は、知るものと知らぬものとを分くる静かな光を送らず候。霧は割れし石の間を這ひ、野生の茴香と蟋蟀とに縁取られたる古き道は、その縁を失ひ候。猟犬と狼とは、かつて影にて印されしも、同じ動きの暈けの中へ消え候。すべての区別は沈黙へ畳まれ候。気は、遠くの何物か、記憶を染めどもその名を明け渡さぬ何物かの香にて重く候。
川下の村にて、桶は冷まされ、発酵の堆積はほとんど準備が調ひ候。ここの気は鋭く、足下に碾かれたる茎の香を帯び候。織機より粗き布は、まず浸され、次いで浸るに任され候。風雨にさらされた手の女らは、湯気の立つ液を攪拌り、動きの一つ一つが緩き祈りに御座候。染みたる前掛、長き時刻より印されたる肌にて、彼女らは布を浴より引き、一滴も零さぬやうに注意して、干すために外へ運び候。布は重く暗く、霧の野の上に降りるとき、竹の竿へ掛けられ候。東よりの旅する者が、かつてこの染料の塊を塩と干魚とにて交易し、この植物の花が、野生のものの近づかぬ庭の縁を印したると言はれ候。その染料は藍に御座候。
染料は、古き王国を曲る川より、季節風が土を破り、茎が岸の上に自由に絡む植ゑ場より来たりしとの話も御座候。かつて葉は石の下に碾かれ、水は少しずつ加へられ、混合物は粗麻の下にて発酵するに任され候き。工程の匂ひは土のごとく深く、工人の手に幾日も着き候き。早き朝、桶より立ち昇る蒸気は、月の定かならぬ光にて今や森を巻く霧のごとく、神秘に候き。いづこか、羅望子の木より彫りたる鉢が低き卓の上に横たはり、縁の割れし染料の塊を保ち候。継ぎのための布の切れは、蛾を遠ざくる薄荷の小枝とともに、櫃の中に畳まれ候。
北にて、旅する者は、染料の色の筋にて割られたる雷雨を語り候。天を開き、山の遠き顔へ落ちる稲妻に御座候。そこの雨は、植物の香、苦くほとんど金属のごとく、馴染みならぬ領域へ走る川の中へ運ぶと言はれ候。最も柔らかき時刻にても、かの天候の記憶は残り、秘事のごとく心に留められ候。野に働き、あるいは染料を煮し者は、常に植物の小枝を枕の下に保ち、夢を捕へ、混乱を遠ざくると信じ候き。
今夜、逆位の月はその話を近く保ち候。霧は厚くなり、猟犬と狼との名は流れ去り候。厨にて、欠けたる茶杯が、最後の仕込みより残したる硬くなりし染料の薄片を保ち候。人は少しを碾きて、送られぬ文に印を付け、あるいは名なき橋を越ゆるを要する旅のために、古く浸したる布の四角を懐へ押すことも候。植物の枝は、干して脆く、静かな時刻に焚くに良し、川と交易の風とを貴殿に思ひ出させ候。夜明けの来るとき、貴殿は一摘みを水に浸して手を洗ひ、名の戻るまで香を残すもよしと存じ候。
今日の色は藍に御座候。
Lucky Color: Indigo — #4B0082道はしばし消え、川は行く先を記憶し候。